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医療・介護職の「ありがとう」エピソード集

【いじめ・過呼吸で苦しんだアイドル】救急隊員の方が、亡くなった彼の形見のお守りを探して届けてくださり、私の為にここまでやってくれる方がいるんだと、涙が止まらなくなりました。

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去年まで芸能活動をしていて、それが辛いと誰にも言えず、毎日過呼吸になっていました。


だいたいは、1人で過呼吸になって、紙袋で押さえつけて落ち着かせるので、人に迷惑もかけていませんでした。


初めて外で過呼吸になり、倒れてしまった時、救急隊員の方がしてくださった対応が忘れられません。


本当に本当にこんな方がいるんだと、感謝している人がいます。


芸能活動では、主に、ライブや撮影会をしていました。

 

ファンの方といる時は楽しくて、1番素で入れたんではないかなと今でも思います。

 

ライブ活動は先輩とふたりでユニットを組んでいました。

 

ほぼほぼ、監禁なんですが、先輩の家には週6で泊まることを強制され、そして、夜の4時くらいまで打ち合わせ、次のライブの構成、ダンスの確認、トークの内容などをし、私だけ、6時に起きて毎日走れと言われていました。

 

勿論、笑顔にする仕事なので、その先輩とも仲のいいのを演じなくてはなりません。

 

タメ口を使い、言われたキャラを演じました。


よく覚えているのが、解散してからのLINEです。

 

常に怒られていました。

 

朝起きてから寝るまでの、細かい予定を言わなくてはならないので、ご飯食べた内容もその時考えていた事なども細かくLINEで送っていました。


「お猿さん」
「お前」
そして、いつからか、私は名前がなくなりました。


遠征の前日も夜中までレッスンして、その日は、遠征の荷物もあるので、家に帰れました。


そして、遠征当日、東京駅まで向かっていた所、初めて電車で過呼吸なってしまい、途中下車して、知らない駅に降りてしまいました。


過呼吸というと、弱い人がなるものと思われがちなので、周りの視線が痛かったのを覚えています。


人に見られている事、そして、遠征に行けなくなってしまうかもという不安、色んなことが頭をよぎり、私はその場で記憶をなくしていましました。


目が覚め気づいたら、救急車の中にいました。


そのまま、また過呼吸になり、その時、私が大切にしているお守りがない事に気が付きました。


そのお守りとは、その一年前付き合ってた方から貰ったもので、その方は病気で亡くなりました。

 

形見として大切に持っていたので本当に本当に焦りました。


過呼吸になりながら、必死に訴えました。

 

「お守り…… ない……」

 

きっと、何を話していたのかも、伝わってないだろうなと思いながらも、全力で伝えました。

 

1人の救急隊員の方は、優しく、
「どうしたの?いつから、倒れちゃったか覚えていますか?」
「何歳?高校生?」

 

私の言葉は届いていないんだなと察しました。

 

しかし、もう1人の救急隊員の方は違いました。
「お守りね、大丈夫大丈夫。」
「きっと、戻ってきますから。守ってくれますよ」
そう言ってくれたのです。

 

あまり記憶はありませんが、この言葉は鮮明に覚えています。

 

そのまま、病院を探すのですが、日曜日だったからか、それとも精神的なものだからか、受け入れてくれる病院がなかなか決まらず、約1時間は、病院を探していたと思います。


私は、酸素ボンベをし、全身の痺れ以外は落ち着いていました。


その1時間の中でも、救急隊員の方は、他愛のない話をしてくれていた気がします。


今までの辛かった事を聞いてくれて、そして自分の話までしてくれました。


私は中学生の頃、いじめにあい、そこから誰も信用できなくなりました。

 

前日まで仲の良い子達が急に、私の事を見えないような態度をとり、空気のような扱いをしてきたのです。

 

最初はびっくりがしましたが、ああ、これがいじめかと気づきました。

 

好きな人のこと、悩んでいること、全てを暴露されました。

 

いくら仲良くしてても、自分の本当の気持ちなど、秘密事は絶対話してはいけないなとそこで思いました。

 

救急隊員の方から言葉をかけられ、正直、こんな優しい言葉をかけられたのも久しぶりすぎて涙が止まらなくなったこと覚えています。


そして、ようやく病院が見つかりました。割と家から近い病院に搬送されました。

 

病院で治療を受け、そのまま入院。

 

私は、そこで初めて両親に、仕事が辛い事、今まで受けていた事を打ち明けました。


すると、母は、涙を流していました。


私の事で、悲しんで欲しくなったです。

 

笑っていて欲しかったんです。

 

だから、今まで言えなかったんです。

 

でも、言えてスッキリしました。


そして、父はマネージャーへ連絡。

 

マネージャーも先輩と同じ対応だったので、3人のグループLINEを見て、とても怒っていました。

 

これは、犯罪になるレベルだと言っていました。

 

その人たちが正しいと思い込みすぎて、これが当たり前と思っていましたが、ようやく大変な事をされていたんだと気づきました。


入院して、3日が経った頃、看護師さんから、面会したい人がいると言われました。

 

今日は、誰も来る予定ないはずだったので、誰だろうと考えていると、なんと、救急隊員の方でした。

 

本当にびっくりしました。心配で来てくれたんだと思い、嬉しかったです。

 

「お体、大丈夫ですか?」

 

優しい言葉をくださり、おもむろに、ポケットからあるものを取り出しました。

 

それはなんと、私が大切にしていたお守りでした。

 

何処で落としたのかも分からないのに、探してくださり、わざわざ、それを私の所まで持ってきてくださったのです。

 

言葉を失いました。

 

私の為にここまでやってくれる方がいるんだと、涙が止まらなくなりました。

 

勿論、その救急隊員は、赤の他人です。


私は聞きました。
「どうしてここまでしてくれるんですか?」

 

すると、こう返してきました。
「貴方の大切なものなんでしょ?離しちゃだめですよ」


私は益々、涙が止まらなくなりました。

 

そして、彼を思い出しました。

 

彼もよく、手を離すなよと言ってきました。

 

それなのに、私はお守りを無くしてしまったんだと思い、心の中で彼に謝りました。

 

私は、この救急隊員の方がいたおかげで、生きると決めました。

 

なので、今私が生きているのは、その方がいたからと言っても過言ではありません。

 

今は、正社員として働いています。確かに辛いこともあります。大変な事もあります。

 

しかし、生きる力をくれた救急隊員の方のためにも、そして、亡くなった彼の為にも、これからも全力で生きていこうと思っています。

 

もう、会う事は出来ないと思いますが、常に感謝をしています。

 

本当に本当にありがとうございます。

 

そして、お守りも離しません。

 

・このエピソードをお寄せいただいた方

性別:女性

年齢:20代

感謝を伝えたい方:救急隊員の方

 

エピソードをお寄せいただき、ありがとうございました!