私はかつて心臓に異常を感じ、救急で診療を受けたことがあります。
その時に心臓の診断と共に、医師から糖尿病であることを告げられ、糖尿病の先生に診ていただくことになりました。
改めて内科で検査を受けた結果、かなり状態が悪く、治療を継続的に行っていくことになりました。
その時に先生から、
「一度糖尿病の知識や生活について勉強するために、教育入院をしてみませんか」と勧められました。
仕事をしていたので少し悩みましたが、職場の人間の後押しもあり、私は2週間の教育入院をすることになりました。
その頃の私はまだ自覚症状といえば、人より多く飲み物を飲んでしまうことくらいしかなかったので、気分的にはかなり軽い気持ちでした。
初日から座学が毎日1~2時間くらいと、全身の状態をくまなく把握するために検査が合間合間でありました。
検査は普段よく話に聞いたり見かけたりする心電図やレントゲンのような検査から、冷たい水に一定時間手をつっこみ、その後どれくらいの時間で指先の体温が回復するかを見る、というなかなか経験できないようなものまで様々でした。
座学では、
糖尿病は名前の通りの甘い尿が出る病気ではなくて、本当は血液の病気なのだ、
というような基本的な知識から、
合併症の種類と説明、進行した時の恐ろしさ、そして良い状態を維持するための食事療法と運動療法について、
かなり細かく講義を受けました。
最初の1週間目は座学と検査であっという間に1日が終わる、そんな状態が続いていました。
入院している間、私の担当をしていた医師のM先生は毎日状態をチェックするために1日1回は病室に来て、診察をしてくれていました。
その度にM先生は、
「今日はいい調子ですね、このまま行きましょう」
とか
「今日はいまいちですが、そういう日もありますから、気にせずに治療を明日からも頑張りましょう」
みたいに、基本的に前向きな発言を私にしてくれていました。
医師のM先生と接する時、私は
「表向きは頑張ります」みたいな殊勝なことを言葉にしていましたが、心の中では、
なんかこの先生、無駄に熱いな、ちょっと面倒くさい人なのかな、
などと失礼なことを思っていました。
それから順調に入院の日程は進み、後半の2週目に入りました。
その頃になると検査はなくなりましたが、退院した後の生活の基盤を作るため、運動療法について実地指導を受け、私は病院内を毎日歩くことになりました。
目的もなくただ病院内をグルグル歩くというのは、体を使う仕事に普段従事している私でも、意外と辛くて退屈なものでした。
正直「やりたくないな」と思っていましたが、病室にいると、看護師さんに
「病室にいないで、歩きにいってください」
と説教をされてしまいます。
なので一応やってますよ、というアリバイ作りのために歩きに行っていました。
この頃は、
「もう早く退院して元の生活に戻りたい」
という感情に支配されていました。
ある日の朝、体温を測りにやってきた看護師さんが
「今日はM先生は学会に出張のために来られません、代わりの医師の先生が診察に来てくれます」
と教えてくれました。
総合病院なので医師の方々もそりゃ学会くらい行くよな、と思いながらも、
「今日はあの先生来ないんだ」とふと考えた時、なんとなくだけど寂しい気がしました。
基本性格のいいお医者さんだし、物腰も柔らかくてこちらも色々と話しやすいし、なんか残念だな、そう感じている自分がいました。
その日はM先生が来なかった、ということ以外は相変わらずの日常で、やっぱり退屈で仕方がなかったことを覚えています。
そして夕食も終わり、そろそろ消灯時間になろうかという時間になりました。
「病院って消灯時間早いよな」
と思いながら就寝の準備をしていると、部屋のドアをノックする音がしました。
誰だろうと思って振り返るとそこには「遅くなりました」と言いながら笑顔で私を見ているM先生が立っていました。
『どういうこと?』
『来ないんじゃなかったの?』
と戸惑う私を気にする様子もなくいつもの調子で、「今日はどうでしたか?」とM先生が尋ねてきました。
「今日もなんともなかったですよ」
と返答する私を見ながら
「良かったです、なにかあったら心配で見に来たんですよ」
と屈託なくM先生は言いました。
そして不意に私の右手を掴むと両手で包むように持ちながら、
「色々と不安に思うこともあったでしょうけど、あと少しで退院出来ますから、がんばりましょうね」
とまたいつもの調子で励ましてくれました。
それだけ言うと先生は出ていきました。
一瞬呆気に取られました。
「え?あの先生はそれだけのために、出張後に病院に来てくれたのか」そう思った瞬間涙腺が刺激されるのを感じました。
辛うじて泣くことはありませんでしたが、感動で胸が詰まる思いでした。
別に重症でもない単なる教育入院の患者の安否を気遣って、こんな行動が出来るなんて、この先生はすごい先生だ、そう素直に思えました。
それと同時にこの先生を悲しませることだけはしてはいけないと、今までの自分を悔い改め、残り少ない退院生活もこなし、退院後も血糖のコントロールに努め、3か月後にはすっかり病状も安定し、M先生からこれなら通院を止めてもいいね、とお墨付きをもらうまでになりました。
M先生、あの時は本当にありがとうございました。
先生がいたおかげで私は治療に対して前向きで進んでいく事が出来ました。
先生がいなければ私はもう死んでいたかもしれません。
今では出世されたようで嬉しい限りです。
今の先生はどのようになっておられるかは分かりませんが、あの頃のように患者本位で、
この先生になら命を預けてもいい、
この先生ならたとえ治療がうまく行かなくても仕方がない、
と思えるような先生でいてくれたらいいなと思います。
先生、ありがとうございました。
・このエピソードをお寄せいただいた方
性別:男性
年齢:40代
お住まい:三重県伊勢市
感謝を伝えたい方:医師の先生
医師の先生とのエピソードをお寄せいただき、ありがとうございました!