ここぴたる!

医療・介護職のやりがい・ありがとうエピソード集

恋?とまではいかないかもしれませんが、看護師さんにかなりの好意を持っていたに違いありません。淡いたった一回のデートの話を父は大切そうにいつも話してくれました。

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父の話です。

父は、ギャンブル好きの大酒飲みでした。

 

港町に住んでおり、いわゆる漁港での市場ではたらいていました。


気難しく、頑固な性格で、母を困らせてばかり。

 

そんなある日、体調をくずし、近くの病院に受診しました。

 

どうやら肝機能が異常値をだしたようで、精密検査のため、総合病院に入院になりました。


初めての入院で、父も母も戸惑いながら入院の日になりました。

 

病棟に上がると、笑顔の素敵な若い看護師さんに迎えられ、お部屋まで案内されました。


その若い看護師さんが、父の担当の看護師さんになりました。

 

後々わかるのですが、その若い看護師さんは、どうやら新人の看護師さんのようでした。

 

いつもプリセプターと呼ばれるお姉さん分の看護師さんと一緒に来室し、いろんな処置を相談しながらおこなっていました。

 

三交代の勤務だったので、その担当看護師さんがいない時もありましたが、だいたいその看護師さんが勤務の時は、ナースコールを押すとすぐにきてくれたそうです。


当時、私よりも若いその看護師さんの話を父から聞くたび、仕事とはいえ、とても献身的に看護をしてくれる看護師さんに心から感謝しておりました。


入院生活が長くなりました。

 

父は肝硬変をおこしていましたが、治療の甲斐があり、退院することになりました。

 

担当の看護師さんはとても喜んでくれました。

 

父も「自分の担当の看護師さん」という意識が強かったのだとおもいます。

 

外来に受診ごとに、病棟に上がり、あの看護師さんに会いに行っていました。

 

父はあの看護師さんに会いに行くたびに、とても生き生きとキラキラとしていました。

 

おそらく、恋?とまではいかないかもしれませんが、かなりの好意を持っていたに違いありません。

 

父とその看護師さんの絆は、どうだったのかわかりませんが、お礼がしたいと、どうにか連絡先を聞き、外で会うことにしたようです。

 

母も公認の淡いたった一回のデートの話を父は大切そうにいつも話してくれました。

 

看護師さんは、特に公立の看護師さんはプライベートは決して教えてはくれませんし、お礼の品なども決してうけとりません。

 

その看護師さんは、内緒で自身の休みを使って、父だけのために会いにきてくれたのだと思います。

 

その看護師さんとの思い出をむねに、父は社会復帰までしました。


在宅に帰り、しばらく日常がつづきましたが、次に体調が悪くなったときには、肝臓ガンでした。

 

お腹に水が溜まり、腹膜炎まで起こしていたため、体はだいぶしんどくなり、下痢がつづきました。

 

体が寝たきりに近くなり、自分ではどうしようもない状態でした。

 

ついには、癌が肺にまで転移して、呼吸もしんどくなりました。

 

はじめての入院した病棟とは別の呼吸器の病棟にこの度は入院することになり、その看護師さんは呼吸器病棟とは別の病棟なので、毎日は会えません。


それでも、父はその看護師さんに会いたくて、母を使いに出し、父のところに少しでも会いにきて欲しいことを話しました。

 

それを聞いた看護師さんは、もちろんです!と、勤務が終わるといつものように呼吸器病棟に面会にきてくれました。


父の容態はあまりよくありませんでした。

 

次第に呼吸がしんどくなり、酸素が始まり、うつろな目になることが増えました。

 

けれど、看護師さんとの時間はいつも嬉しそうで、おーおーよくきたのぅといわんばかりで、右手をヒラヒラとさせるのでした。

 

毎回看護師さんは、その右手をギュッ握り、◯◯さーん、きたよー。今日はね、こんなことがあったよー。◯◯さん、お家に帰ったらなにしようかー。なに食べたい?などといつも話しかけてくれていました。


父は入院期間中、ずっとその看護師さんを待っていました。

 

けれど、治療の甲斐なく、父は亡くなりました。

 

父の荷物の整理をし、退院のじゅんびをしていると、父の荷物のなかから、◯◯さん、ファイト!とサラサラと書いてある字にしっかりとした父の似顔絵が書いた紙がでてきました。


あの看護師さんが描いた絵でした。

 

父はずっとその絵を大切にしていたみたいです。

 

父の通夜がとりおこなわれました。

 

母は最後を見届けて欲しかったらしく、その看護師さんに連絡をしたようです。

 

看護師さんは、快く通夜にそっとおとづれてくれました。

 

父の亡骸をしっかり見つめ、相変わらず話しかけてくれていました。


父の人生について考えます。

 

仕事とギャンブルとお酒漬けの毎日。

 

冷静にじっくり何かを考えて暮らしていた時間はおそらくあまりなかったのではないでしょうか。

 

皮肉にも父は病気を通して、仕事とギャンブル、お酒から一切足を洗う生活が送れました。

 

その期間、人の温もりや、未来への希望、感謝する心といった人として幸せな時間をすごすことができたのだと思います。

 

仕事を超え、あふれるばかりの愛情を持ち合わせていた看護師さん。きっと今もどこかで、たくさんの方に優しさや温もりを伝えていらっしゃると思います。

 

いまは、連絡も一切とれてはいませんが、元気でいらっしゃることを願っています。


父が亡くなってから、ふと病院にいくことがありました。

 

たまたまその看護師さんとばったりあうことがあったのですが、 忙しくされていた看護師と少しお話させてもらったことがあります。

 

父の話でした。

 

「お父様が亡くなってすごく寂しくなられたとおもいます。私もですよ。でも、◯◯さんは、いまでも私の心の中で生きています。すごく屈託のない笑顔で、なにも構えることなく、私を信用して、受け入れてくれた患者さんです。私の方こそ、私に自信をつけさせてくれてありがとう。と感謝の気持ちをつたえたいです。◯◯さんのことは、ずーと忘れません」

 

それを聞いて、大泣きをしてしまいました。心が感動して、嬉しさで心が震えたのをおぼえています。

 

素敵な看護師さんは、看護師さんを超えて、父と向き合ってくれたのだなあとその時はじめて思いました。


父は、最期を迎える数年、その看護師さんに会えて本当によかったとおもいます。

 

ただただ、「ありがとうございました」と感謝を述べたいです。

 

私も人との出会いを大切に、その看護師さんのように生きていきたいなあ、と思っています。

 

・このエピソードをお寄せいただいた方

性別:女性

年齢:40代

お住まい:広島県広島市安佐北区

感謝を伝えたい方:看護師