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医療・介護職の「ありがとう」エピソード集

【神経難病】ご家族は患者さんのそばで、患者さんに思い思いのことを話し、手をさすり、最期の時までの時間を過ごされました。

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私は現在、内科病棟の管理者の看護師として勤務しています。

 

今の病棟に配属になり約1年が過ぎますが、その患者さんは、私が今の病棟に配属になったちょうど1年前、退院した患者さんでした。

 

まだ若い患者さんで、奥さんも子供さんもいました。

 

神経難病といわれる部類の疾患で、今後良くなることはなく、少しずつ症状が進行していくことは、患者さん本人もご家族も説明を受けておられました。

 

だからこそ家族での時間を大切にしたいと、在宅での生活を選択し、退院されたのでした。

 

その患者さんが再入院されたのは退院後、3ヶ月ほどだった頃でした。

 

症状は進行し、自分で起き上がることも、食事を摂ることもできず、こちらの話すことを理解はしているのでしょうが、自分から話をする事すらも出来なくなっていました。

 

そして、自分ではコントロールできない全身の震え。

 

日を増すごとに症状は悪化し、寝たきりとなっていきました。

 

奥さんの面会は頻繁にありましたが、お父さんの病気、悪化を受け入れられない子供たちの面会は徐々に減っていきました。

 

ある時面会に来られた奥さんから

「2人いる子供のうちの下の子は、寝たきりでいつも震えている、話もできないお父さんをみたくないと言うんです」

と聞いた時は、 

「子供さんに会いたいだろうなぁ」

と心が痛みました。

 

それからも、子供さん方の面会はほぼありませんでした。

 

たまに、上のお子さんが面会に来てくれた時は、下の子の面会も促してみましたが、見かけることはありませんでした。

 

そして、再入院後から半年後、症状は悪化の一途をたどり、ついに呼吸も自分ではできなくなりました。

 

ご家族は呼吸器装着を拒否され、見守りを選択されました。

 

徐々に呼吸が弱くなっていく患者さんを、奥さんと一緒に見守りながら、奥さんに

「子供さん達を、今面会につれてきてください」

とお願いしました。

 

もう、時間がなかったからです。

 

奥さんはすぐ学校へ出向いてくださり、子供達が病室にやってきました。

 

もうその頃はほとんど呼吸もなく、主治医が呼吸を助けるための補助呼吸を行なっていました。

 

医師や看護師が患者さんの周りを取り囲み処置している中、奥さんも子供達も病室の端で泣きながら立って、その様子を見ていました。

 

その光景を見て、私は、

せっかく子供さん達も来てくれた、見守ると決めたご家族が離れた所に、患者さんに触れることもできずにいるなんて…

と思い子供達に言いました。

 

「お父さんの手を握って話しかけてあげよう。お父さんにいっぱい触ってあげよう」と。

 

拒絶していた下のお子さんが一番最初にうなずいてくれました。

 

それから、ご家族は患者さんのそばで、患者さんに思い思いのことを話し、手をさすり、最期の時までの時間を過ごされました。

 

亡くなった後、綺麗に身体を拭き着替えを終え帰るとき、下のお子さんが泣き腫らした目で、私に笑ってくれました。

 

もっと早く長くこの時間を過ごすことができればよかったのですが、最後に子供さんがかけた声や、さすってくれた感触は、しっかり患者さんに伝わっていたと思うし、何より面会に来たくても来れなかった子供さんも後悔せずに済み、これから力強く大きくなってくれるであろうと思いました。

 

・このエピソードをお寄せいただいた方

性別:女性

年齢:40代
お住まい:鹿児島県

職種:看護師

勤務施設:総合病院

 

エピソードをお寄せいただき、ありがとうござました!