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医療・介護職の「ありがとう」エピソード集

理学療法士の先生が、私がかつては健脚であった事を持ち出しては、励ましてくれましたので、大変に励みになりました。

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【YouTube】特に感謝すべきは理学療法士の先生です。 孫のような年ではありましたが、それは厳しく指導されました。

私は72才を目の前にしている年寄りです。

 

70才5か月の1月下旬に脳梗塞を発症いたしました。

 

当日夕方までは仕事をこなして元気そのものでしたが、帰宅途中のバスの中で前兆症状があらわれました。

 
全く予期せぬ出来事とはこのことです。

 

座席に座っていたのですが、何気なく左手を動かそうとした際に、なんと全く反応しなくなりました。

 

ピクリともしない左手、たぶん左足も同じだったと思います。

 

困ったと困惑していると、しばらくしましたらスッと解消してしまいました。


何事もないようにバスを下車して家路につき、帰宅後も普通通りでしたが、帰るなり玄関で靴を脱ぐ間もなくその出来事を妻に報告いたしました。

 

妻は「分った。気を付けて」と言いましたが、事の重大さは私も妻もその時は分りませんでした。

 

普通に風呂に入り、食事をして終わりにいつものフルーツに手がいった時、突然、左麻痺が発生してしまいました。

 

キッチンにいた妻に異変を伝えたところ、すぐに救急車の手配をしてくれました。


救急車は、あいにく出払っていので、近隣の自治体に応援を依頼していました。

 

ようやく救急車が到着したのはかなり経ってからでしたが、4人がかりで車内に移送されました。


地域の救急総合病院に搬送されたのですが、左足の引きつりがきつく、訴えることも伝わらずに、すぐにMRI検査に回されました。

 

その後、検査が続き、集中治療室に戻った時、お医者さんは妻に私が脳梗塞を発症していて、危険な状態だと伝えていました。


夜中零時を過ぎていました。

 

トイレに行くのに数人で私の体を移動してくれましたが、その後、膀胱に直に管を挿入するバルーンの装着に切り替えられたのです。


集中治療室での数日は全く不安の毎日でした。

 

一般病棟に移されたのは暫くしてからでしたが、身体には2本の点滴、24時間監視の心蔵チェック、酸素量チェック、ボンベ付きの酸素供給、バルーン装置、鼻からの栄養摂取など管人間になっていました。


毎日のリハビリが始まり、車椅子での立ち上がり訓練を毎日何回も致しましたし、そのほか様々なリハビリが容赦なく進められました。


その後、救急病院から、リハビリのため転院をいたしました。

 

そのころには管はすべてなくなり、車いすでの移動が普通になっていましたが、自力移動は出来ません。


転院先は総合病院で、車椅子のまま介護タクシーでの転院となりました。

 

すでに発症から20日経過していましたが、退院が出来たころには、入院日数が100日を超えていました。


救急病院で関わった人々への感謝は尽きないのですが、転院先での人々はまさに献身的と思えました。


入院当日に来てくれた担当の理学療法士の方は、年のころは30代の若い男性でした。

 

開口一番におっしゃった言葉は、

「どのようなご希望がありますか」

ということでしたので、

「私としては、とにかく自分の足で歩いて帰宅する事」

といったのを覚えています。


その病院のシステムは、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の3人によるリハビリでした。


毎日スケジュールに従い、3通りのリハビリをこなしました。

 

特に感謝すべきは理学療法士の先生です。

 

孫のような年ではありましたが、それは厳しく指導がなされました。


入院初日から歩行訓練が始まりました。

 

それまで一度も歩いた事がないため、大変に不安でしたが、容赦はありません。

 

左麻痺は当初よりは少しは動くようにはなっていましたが、その時はベッドサイドから二本足で立つことが不安定で困難でした。


自治体から介護度の認定の方が見に来ましたが、後日判定は要介護3とされました。

 

当初はリハビリ室まで車椅子での移動でしたが、しばらくしますと装具と杖で何とか歩行が出来るまでに回復していました。

 

すでに発症から50日経過していました。


理学療法士の先生は、私が何とか歩けるようになってきたのが嬉しいらしく、病棟の廊下だけでなく、病院の庭を歩行出来るように、担当の医師の先生に掛け合ってくれました。

 

そうこうするうちに、外出は毎日のように出来るようになり、その行動範囲も広がりました。

 

ただ寝間着の姿は一般の人からは奇異に見えたかも知れません。


ついに退院の日が決定しました。

 

理学療法士の先生は、私がかつては健脚であった事を持ち出しては、励ましてくれましたので、大変に励みになりました。

 

助言は、自宅の手すりの位置までにおよび、感謝に絶えません。

 

退院日には、普通の感謝の言葉しか言えませんでしたが、

理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の先生方、

担当の医師の先生、

看護師の方々、

汚物を嫌な顔一つしないで処理された看護師長さん、

毎回食事を配膳してくれたヘルパーさん、皆さんに何と感謝したら良いか分りません。

 

 

・このエピソードをお寄せいただいた方

性別:男性

年齢:70代
お住まい:東京都三鷹市

感謝を伝えたい方:理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の先生方、担当の医師の先生、看護師の方々、看護師長さん、ヘルパーさん

 

エピソードをお寄せいただき、ありがとうございました!

 

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